検査入院~退職へ
今の病院に転院して、いよいよ更なる検査の日々が始まろうとしていました。

でも、まだ認識の甘かった私。

その時、まだ小学校で音楽の講師として働いていて、2月といえば卒業関連の行事でやたら忙しい時期だったし、この後も歌の本番もあった。


その時の担当医(3月で移動されたので、今の主治医さんに替わりました。)から、長期の入院になる・・・とか、ステロイドの副作用について・・・とか、いろいろ聞かされたけれど、

それでも、まだ
『通院では治療できないんですか?』と言ってた私。


だって、3月の卒業式を前に休むなんて考えられなかった。


そうしたら、担当医は

『脅かすつもりはありませんが、あなたと同い年で同じ症状の方が、こうして検査とかをしてる間に、急速に悪化して亡くなった例もあるんですよ。』
と言われ、そこで初めて事の重大さに気付きました。

結局、最初の検査入院は卒業式が済んだ3月22日に決まりました。
3月22日~気管支鏡検査。
4月3日~入院
4月7日 肺生検

で、生検の結果を待って、治療に入るという計画が言い渡されました。

そして、6分間歩行?の検査をした結果を見て、その担当医さん一言。
『ボクなら意識なくして倒れてます。』と。


どうやら、酸素量が90を切り80台にまでグングン下がっていたにも関わらず、結構な距離を歩いたらしい。
担当医さん曰く
『長年にわたって症状が進行し、その間にも歌い続けてたので、体が少ない酸素で対応しようとしてきたのではないか。本来なら酸素ボンベがいる数値です。体が、まるで高地トレーニングをしているようなってる。』

知らぬが云々~~~~とはこの事でしょうか?

確かに咳が出て、動くと息苦しかったけど、
『歳のせい。』
『稽古で疲れてるから。』
とか、いろんな理由で納得させてきたもんなぁぁ。


騙し騙し体をこき使っていたんだな。


でも、もう騙し騙しは通用しない。


どうしよう・・・・・・・どうなるんだろう・・・・・・・・・・・と不安だらけで診察が終わり、お会計を待ってる時、私の携帯に、7月のコンサートへの出演依頼が入ってきました。

本当なら喜んでお引き受けするはずだったのに・・・・・・・・・・・・・

病気のことはまだ詳しくお話できなかったけれど、丁重にお断りをしなくてはならなかった・・・・・・・・・・・。


結局、今年予定されてた本番はすべてキャンセル。
受けるはずだったコンクールもオーディションもなし。


どうなっていくんだろう。

私。



でこの日、病院の帰りに学校に寄り、校長先生に先の事をお話しました。

校長先生は、特休を取って入院することはできないのか?と言ってくださったけれど


・今年度、音楽で大きな研究大会をしなければならない。
・今年度の理事は、私であること。
・さらに、別の教科でも研究大会をしなければならない学校であったこと。
・入院がいつまでになるか、分からないこと。
・退院しても、副作用の状態などで、ちゃんと元通りに働けるか分
からない。

などなど、いろんな事を考えると・・・・・・・・・・・・・・。


それに、病気だと分かってくれていても、こんな大きな研究大会を2つも抱えた学校がどんなに忙しいか、現場で長年いた私は知ってる。

やはり、勤務している以上、1人分のお仕事はこなさないといけない・・・・・いや、今年度は2人分は動かないといけないはず。

なのに、シンドイからとか言って、私の仕事を他の先生方に振ってしまうと、絶対にどんなに優しい人でも不満は出てくる。

そう思うと、やはり『退職』という決断になりました。
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[2009/08/04 13:37 ] | 入院までの経過 | コメント(0) | トラックバック(0)
病名判明へ。
毎年、職員の健康診断も受け人間ドッグも受けていたにも関わらず、病気が分からなかった。

しかし、昨年の人間ドッグで眼科で異常が見つかり、紹介状とレントゲンフィルム貸し出しで精密検査を受けに医大に行くことにしました。

肺のほうも前回よりも影が濃くなってる・・・・との結果でしたが。

結局、眼科のほうは大したことなかったのですが、


せっかく医大に来たんだし、『つ い で』に肺のほうも診てもらおうと呼吸器内科に行きました。


実は、咳が出始めてから、あんなにアッチコッチの病院に検査に行ったけど、医大だけは行ってませんでした

その頃の私は忙しく、医大に行くとなると1日仕事
なかなかその時間が取れずにいたのです。

今となっては後悔ですが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


そこで、言われたのが
『肺の影が濃いよりも、肺の下のところが丸くなってるほうが問題だと思います。』
肺は下のほうが尖った形をしているそうですが、その尖がりがなくなってると。

こうやって肺が小さくなる病気として『間質性肺炎』というものがあるということで、更に検査をすることになりました。


そこで初めて、この病名と出会いました。
その事を、看護師をしている妹と、総師長をしている叔母にも報告。

すると、検査結果を聞く日、妹も一緒に行くと言い出しました。

私は、『そんな~子供じゃないのに~~』程度にしか考えてませんでしたが、妹には妹の考えが合ったようで。


案の定、結果は


『多発性筋炎』と『間質性肺炎』の疑い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
それを聞いた妹は、その時の担当医に今の病院への転院をお願いしました。


既に結婚していた妹の家からも通いやすいし、この病気では今の病院が良いというのを調べてくれていたようでした。


しかし、その時の私は、そんなに厄介な病気という認識は全くありませんでした。
[2009/08/02 09:40 ] | 入院までの経過 | コメント(0) | トラックバック(0)
毎年、検査してたけど・・・。
咳止めを乱用しつつ、本番をこなしていた私。
しかし、歌だけでは生活していけないので、小学校で音楽の講師もしていました。

そこでは、毎年春に職員の健康診断があります。
血液検査、レントゲンもします。

有り難いことに毎年講師の話があったので、咳が出てからも毎年受けてたんですよね、健康診断を。

この3月に辞めた時に、今までの健康診断票を返してもらいました。

そしたら平成15年には『要精検』とありました。
この時は、結核ではないかと思われ、近くの再☆会病院で検査をして、結核ではない!と診断書を書いてもらいました。

しかし、

16年には『両下肺胸膜癒着。左下肺線状影。』
17年には『軽度異常。』
18年には『軽度異常。』
19年にも『軽度異常。』


でも、診断結果には『日常生活に支障なし』とかで送られてきてました。

なんと20年には『著変なし。』なんですよ・・・・・・・・・・・・・。


どうして分からなかったのか??


レントゲンを撮るとき、いつもやり直しをさせられてた私。
よく言われたのが『ちゃんと息吸ってください。』

あまりやり直しが続くし、いつも影があるって書かれるしで、どうしてですか?って聞いたこともあったんですよ。


そしたら、以前肺の手術をしてることもあって
『影は、肺が膨らみきってないから』みたいな事を言われたこともありました。

でも、それはこんな厄介な病気だから・・とかではなく、手術の関係だろうか・・・と。


今思えば、この時ちゃんと分かっていれば・・・と後悔ですよね・・・・・・・・・・・・・。


人間ドッグにも毎年行ってましたが、去年の人間ドッグがきっかけで、ついに病気が判明することに・・・・・・・・・・・・。
[2009/07/31 08:48 ] | 入院までの経過 | コメント(0) | トラックバック(0)
咳が出始めた。
気胸の手術をしてから暫くは何事もなく、以前のように歌っていた私。

その頃、大学時代の師匠が亡くなられ、ご縁あって東京の師匠を紹介してもらい、関西~東京を行き来していました。


丁度その時期からか。
咳が出るようになりました。

でも、咳止めを飲むと止まるので、しばらくは咳止めで対処していました。

しかし、某オペラ団体の研究生になっていた私は、その時にお世話になった演出家から
『根本的に治せ!』と言われ、病院へ。


レントゲンを撮ってもらったけれど、何もないとのこと。
喘息でもないし・・・・・・・・・・・気管支炎でもないし・・・・・・・・・・・・・・・
とりあえず、お薬をもらったけれど、一向に咳が止まる気配なし。


ので、また咳止めに頼ることになりました。


その後、合計3つの病院(内科)へ行き、それでも原因が分からず、咳止めを処方されるだけ。

耳鼻咽喉科の病院も2つも行きました。でも、おなじこと。


そのうち、喋ろうとするだけで咳が出るようになっていきましたが、本番は続いてたので、咳止めを乱用しながら歌っていました。
[2009/07/30 08:14 ] | 入院までの経過 | コメント(2) | トラックバック(0)
今までの経過
子供のころから元気いっぱいの私で、病気らしい病気をした記憶がありません。


一番最初に入院したと言えば・・・・・・・・・・


12年前。気胸で入院したときです。


最初、手を挙げたりしたら胸が痛くて、何だろう???と思っていましたが、そのまま普通に生活をしていました。

そのうちに、唾を飲み込むのも歩くのも痛くてどうしようもなくなり、
でも、肺に穴があいてるなんて思いもしなかったので、お風呂に入ったり・・・・・・・・・・・・

その晩のうちに息苦しくなって救急で運ばれた時には、左肺が完全に潰れ、出血し、その血が心臓を押していた状態でした。

レントゲン写真が、上が空気がたまっ真っ白。下は血が溜まって真っ黒。だったそうな。


1回目の入院は1ヶ月以上。

ようやく肺も8割戻ったところで退院。


しかし、2週間しないうちに再び肺がしぼんできて、再入院・・・・・・・・・・・・。


その後、手術をするために転院して、計3回の入院生活を経て退院。



半年ほど歌わずに静養していましたが、おかげさまで以前のように歌うことができるようになりました。



その後、気胸も再発することもなく、今日まで歌い続けてきましたが・・・・・・・・・・・・。




5年ほど前から、咳が出始めました。



続きは、また。


[2009/07/29 14:58 ] | 入院までの経過 | コメント(0) | トラックバック(0)
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