出会い
2009年、最初にこの病気が分かった時。
当時の担当医が私に言いました。




普通の人なら既に酸素ボンベが必要な酸素量です。
ぼくなら意識無くして倒れてます
。』




じゃ~私は普通じゃないのね(笑)
なんて、まだ病気の重大さが分かってなかった私は思ってました。
この診察の前の週まで歌ってたんだもん、私。




まるで私はこの病気になる事が分かってて
肺を鍛えるために?
歌の道に進んだのかな~なんて。
あのままピアニスト路線だったら??
今頃どうなってただろう。
なんて事をふと思ったりするのです。





私、3歳から親の希望でピアノ習ってました。
両親の希望はピアニスト
母は家での練習では横に付き、
父はステレオでクラシックや唱歌のLPをいつも聴かせてました。
小学生の頃から大学の先生につけられ、
ピアノと一緒にソルフェージュやら聴音やら、音大受験に向けて特訓を受けてました。




それが~
出会ったのですよ
中1の夏に・・・・・・・・。





ピアニスト希望だった両親ですが、母が宝塚も好きでした。
で、最初に父が観に連れて行ってくれたのは月組。
ショーちゃん、真央さんがいらした公演。
でも、そこではまだ誰が誰かも分からず、別にキャーキャー言うほどではなく、
ただただ綺麗だな~~で終わってた。




それが、その次の星組公演で
峰ちゃん観ちゃった
峰ちゃんに衝撃を受けた




お芝居は日本物だったんだけど、
なんて素敵な歌声
そして、美しい姿
ショーのほうでも峰ちゃんに釘づけ!!




ここから、親のピアニスト路線が狂い始めます(笑)
『私もする




歌の先生を勝手に1人で探し始めた私。
ある日、学校帰りに先生を探しに行き、レッスンを聴講させてもらい、気付けば夜。




家では私が帰ってこないと学校に連絡。
校長はじめ全職員で私の大捜索。
そうとは知らず、私はこれまた勝手に来週からレッスン来ますと約束してた(笑)
レッスン代はどうするつもりだったのだろう




後で、親と先生からこっぴどく怒られたのは言うまでもありません・・・・・・。
で、私、父親、大学のピアノの先生、その先生を紹介してくれた前の先生と
四者面談・・・・ならぬ四者会議。





『これからどうするんだ
私は歌やりたい
『ピアノはどうするんだ。』
もう二度とピアニストになるなんて言わない。』





すったもんだで~~~
私の歌人生が幕を開けたのでした。




あの時、歌の道に進んだおかげで、
歌の道に進ませてくれたおかげで、
あの担当医さんの
『普通の人』では倒れてた状態でも
何とか持ち堪えられてたんだろうな~なんて思う
今日この頃です。




あの出会いに感謝。
周りの全てに感謝。









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[2016/09/15 16:06 ] | 病気のこと | コメント(10) | トラックバック(0)
<<やっぱり嫌だ・・・・・・・。 | ホーム | N95つけてみた~。>>
コメント
うん私もおかしいな~って思ってたw
特に特発性の場合、本来の発症時期って通院始めるより
随分前で、歩くの遅くなったな~とか声量落ちたな~って
時期だと思うんだよね。
私は別件で通ってた医師が見つけてくれたから、かなり
早く分かって今も治療なしなんだけど、その前から、大声
出せなくなったのは気がついてた。カラオケしないし、声を
出すような仕事でもないから気にはしなかったけどね。
でも、ほんちゃん。の場合、酸素をしている今でも、ホール
とかに声を響かせることが可能な訳でしょ。
これがプロの凄さなのか、普通の人とは全然違うな~って
思ってたよ。
人体の神秘っていうか、肺の構造そのものが違うんじゃないか
とすら思えるんだよね。それは、練習によって進化させてきた
ということなのかもしれないな~って思ってた。

人生において最良の選択が出来るってことは、それだけで
すごいことなんだと思うよ。
[2016/09/15 19:49] | URL | 通りすがり #wBRbBxnE [ 編集 ]
通りすがりさんへ
この診断の数年前から既に咳は出ていて周りからも心配され、私自身も何院もの病院を回ったんですけどねぇ。
そして、歌ってても段々一息で歌える時間が短くなってくるし、苦しいし。
でも、どんなに検査しても何も言われないし。
この2009年の時に外来でたまたま当たった担当医さんの腕にも感謝です。
これからも『最高のリハビリ』も兼ねて、大好きな歌を歌い続けていきたいです。
[2016/09/15 20:22] | URL | ほんちゃん。 #ZZeNXx9A [ 編集 ]
私もほんちゃんと同じく膠原病からの間質性肺炎。6年目です。
進行が遅いので治療無しできてますが何故か特定疾患の認定を受けられております。
昨日は大学病院の診察日でした。
通りすがりさんと同じく大きな声を出そうとすると咳が少し出るようになったので気にしてましたがKⅬ6は394と正常でした。
病院でもマスクをしている人は殆どいませんでしたよ。
暑いですからね。
ほんちゃんは娘役でピッタリですね。
多分合格してたと思うけど娘役にしては身長が高いかも。
でも顔立ちはお姫様です。
ダンスは?
歌のスペシャリストとしてでも合格でしょう。
[2016/09/16 10:25] | URL | たま #- [ 編集 ]
たまさんへ
治療なし、KL値も500以下!
たまさん素晴らしいです!!
このまま治療なしの状態で、そのうち治った!!ってなってほしいです。
ダンスですか?クラシックバレエは10数年踊ってましたよ~。
今でもゆっくり出来る範囲でバーレッスンしてます。
でも、もっと足が長かったら良かった(笑)
[2016/09/16 10:49] | URL | ほんちゃん。 #ZZeNXx9A [ 編集 ]
ピアノで鍛えられた音感と目標に向かって努力する姿勢がほんちゃんの基本ですね。
歌で呼吸する筋肉も鍛えられた身体になっているんですね。
大好きな事との出会い、
人生を豊かにしてくれますね
[2016/09/16 16:14] | URL | MUMU #- [ 編集 ]
MUMUさんへ
こんにちは~。
この中1の出会いは私の人生を決める出会いとなりました。
その後も、たくさんの人達との出会いがありました。MUMUさんとの出会いも!
とっても嬉しく大切なものです!!
たくさんの出会いを無駄にする事のないように、これからもゆっくりでも地道に進んでいきたいと思います。
[2016/09/16 17:26] | URL | ほんちゃん。 #ZZeNXx9A [ 編集 ]
ほんちゃん様
本当の出会いって素晴らしいですよね。
方向性、気質全てを変える力を持っていますね。
ほんちゃん様の御両親が「峰ちゃん様」に引合せ、出会いを創った。
御両親は頭ではピアノ、この子が生き延びるには歌」と親の本能で動いたのでないでしょうか。
妹様、叔母様、御家族、皆様が感動を与える仕事に就いているのは、これもすごい事です。

さて、昨日、主治医にN95について聞きましたら、歩き回れないよと一言。息苦しくてマスクを外したら無意味。折り畳みの方が少し好いとのこと。
ではまた
[2016/09/17 12:08] | URL | tati #e6mArcUg [ 編集 ]
tatiさんへ
振り返れば、本当にいろいろな出会いに支えられてるな~って思います。
そう、あの時、親が連れて行ってくれなければ、今の私はなかった訳で・・・・。
大事な出会いでした。
N95・・・やはり相当な苦しさですよね。
折り畳みとは、普通のサージカルの事ですね。
何かの時のために、両方の用意はして行きます。
そして、後は・・・もう『運』でしょうか(笑)
[2016/09/17 16:24] | URL | ほんちゃん。 #ZZeNXx9A [ 編集 ]
ほんちゃん様
連投、申し訳ありません。
ネット調べですがN95基準の折りたたみ式があるようです。
持ち運びに便利以外にメリットはあるのでしょうか?
主治医の少しいいは、隙間が多いから楽の意味かも知れません。
では。
[2016/09/17 21:25] | URL | tati #e6mArcUg [ 編集 ]
tatiさんへ
教えてくださって、ありがとうございます!
このコメント読んで思い出しました!
折りたためる(持ち運び用)のN95も買ってました(笑)
他のダンボールに入ってた(^^;)
[2016/09/17 23:11] | URL | ほんちゃん。 #ZZeNXx9A [ 編集 ]
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